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札幌高等裁判所 昭和45年(う)41号 判決 1970年6月23日

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森川清提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。

論旨は、原判決の量刑が不当である、というのである。よつて審按するに、一件記録にあらわれた本件犯行の罪質、態様、過失の程度、よつて生ぜしめた結果、ことに本件は、被告人が無免許で普通乗用自動車を運転し、法定速度を越える時速七〇キロメートルで走行中、自動車運転者としてもつとも基本的な注意義務の一つである前方注視の義務を怠り、助手席の女性に煙草の火をつけてもらうためうつむいたまま進行した過失により、自車を道路のセンターラインを越えて右側に進出させ、対向車との衝突を惹起した結果、何ら過失のない対向車の運転者品川稔およびその同乗者和泉勇に対し、各重傷(品川に対し加療三カ月を要する胸椎圧迫骨折、和泉に対し加療一カ月を要する頸部捻挫等)を負わせたものであつて、その危険な運転態度および結果の重大性は、いずれも軽視し難いものであること、ならびに被告人の年齢、性行、経歴、とくに被告人が過去に、無免許、酒酔い運転の結果、追突事故を惹起し、罰金四五、〇〇〇円に処せられた前科を有すること、前記被害者らに対しては、自動車損害賠償保障法による保険金五〇万円のほか、現金で品川に対し四四万余円、同和泉に対し一一万余円が支払われてはいるが、未だ十分の慰藉の措置が講ぜられていないこと等の諸事情に照らすと、被告人を懲役六月の実刑に処した原判決の量刑は、その刑期においてまことにやむを得ないものというべく、被告人を執行猶予に付するのが相当であるとの論旨は、とうてい採用の限りでない。しかしながら、ひるがえつて、過失犯である業務上過失致死傷罪の法定刑に懲役刑が加えられるに至つた立法の趣旨等にかんがみ、本件について懲役刑を選択すべき特段の情状が存するかどうかにつきさらに審究するのに、一件記録によれば、被告人は、右事故を惹起する五日前である昭和四四年九月二日に運転免許試験に合格し、事故直後の同月一二日には免許証の交付を受けたものであつて、右事故当時、無免訴とはいえ、一応の運転の技術を有していたこと、本件事故現場は、沙流郡門別町字清畠三番地先の、付近に人家のない平坦で見通し良好な国道二三号線(幅員約七メートル、アスファルト舗装)路上であつたこと等の事実が明らかである。そして、右各事実をも念頭に置きつつ、被告人の本件過失の態様および結果の程度を見れば、それが形式上無免許かつ一〇キロの速度違反を伴う状態において、自動車運転者としてもつとも基本的な前方注視義務を欠いたとの点で、なおそれ相応の非難を甘受すべきことは当然であるにしても、その非難の対象となるべき行為の実質は、主として、見通し良好な国道上で自動車を運転走行中煙草に点火するために一瞬前方に対する警戒を怠りその運転を誤つた結果二名に重傷を負わせたものであるから、もともと事故発生の高度の蓋然性のあるきわめて危険な運転(たとえば高度の酒酔運転、著しい速度違反、技倆未熟な無免許運転等)をあえて行ない、その結果多数の死傷者を出したような場合とはその社会的非難の程度において、自ら相当の差異があると認められる。そうすると、本件は、右過失および結果の程度に照らし、ただちに懲役刑の選択を相当とすべき強度の違法性を具有する「とくに悪質、重大」な事案であるとまでは断ずることができないのであつて、他に懲役刑の選択を相当とすべき特段の事情の認められない本件においては、被告人につき禁錮刑を選択するのが相当であると認められる。(なお、付言するに、被告人は未だ二六歳の若年で、他に何らの犯歴を有しないにも拘らず、前記のとおり短期間内に連続して二回の人身事故を惹起した者である。ところで、このような者については、規律ある生活のもとに、生活訓練その他必要な教育を行ない、遵法精神および責任観念をかん養するとともに、自動車運転業務に必要な知識、技能を付与し、安全運転の態度に習熟させる必要がきわめて強いと認められるのである。現在、交通事犯による禁錮刑者については、右のような観点からする特別な処遇が行なわれているのに反し、懲役刑受刑者に対してはこのような処遇が行なわれていないという執行面の実情にかんがみると、被告人を懲役刑に処するよりも禁錮刑に処した方が、刑政上も策を得たものであると認められる。)されば、本件につき被告人を懲役六月に処した原判決は、刑期の点を措いてその量刑重きに失し、破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当審においてただちにつぎのとおり自判する。

(法律の適用)

被告人の原判示第一の所為中品川および和泉に各傷害を負わせた点は、いずれも刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、原判示第二の所為は、道路交通法六四条、一一八条一項一号に各該当するが、原判示第一の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、犯情の重い品川に対する業務上過失傷害罪の刑で処断し、原判示第一の罪につき禁錮刑、同第二の罪につき懲役刑を各選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い原判示第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、原審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して、その全部を被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。(中西孝 小川正澄 木谷明)

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